2015年12月27日、立命館大学において、第21回研究会が開催されました。
5件の研究発表が行われましたので、以下その様子をご報告致します。

・小玉健志郎氏「田沢稲舟「小町湯」考」

 田沢稲舟は、山田美妙との関わりなどで知られる明治期の閨秀作家である。本発表では、画師を志す青年が「湯屋」の番頭となり、婦人を観察して裸体画を描くという物語内容をもつ対象作品を、発表当時の女性美をめぐる言説や、明治20年代の裸体画論争を参照しつつ分析された。「小町湯」は物語の末尾において、青年の描いた裸体画が美術展覧会にて高い評価を受けるが、その裸体画の形象が、同時代における「美人」概念から差異化されたものであるという作品解釈は、これまでの稲舟研究を更新するものだろう。また、美妙「胡蝶」や黒田清輝「朝粧」をめぐる論争は先行論においてよく整理されてきたが、それら論争が示すところの裸体をめぐる認識の枠組の変容が、同時代の小説作品においていかに表象されたのかという点からしても、興味深い発表であったと感じられた。質疑応答の際に提出された、本作が女性作家によって書かれたことをどのように捉えるのかという意見や、出展された画が外国人によって買い上げられたことをどう解釈するのかといった点については今後応えていく必要があると思われるが、しかしながら、田沢稲舟という文学者の作家研究にはとどまらない射程を有した報告であったように思う。

・矢口貢大氏「愚痴をこぼす坑夫たち――宮嶋資夫『坑夫』論」

 プロレタリア文学萌芽期の書き手として知られる宮嶋資夫の代表作『坑夫』を、氏が継続的に考究される「愚痴の文学史」の観点から捉え直された。先行する『坑夫』研究では、登場人物・石井の抵抗が注目される一方で、愚痴をこぼす他の坑夫たちの位置づけが捨象されてきた。氏の問題設定により、石井以外の坑夫らの存在が前景化されたことは意義深い。また、本作における登場人物間の対立が、直接行動を掲げたアナーキストたちと、穏当な社会主義者が袂を分かった思想状況と重ねて読めるという指摘は刺激的なものであった。質疑では、茨城県・高取鉱山に職員として勤めていた作者の体験と作品生成の関わりや、同時代状況を整理する際、組合組織に至らない労働運動を行った田中正造のような立場に眼を向ける必要はないのか、といった議論が交わされた。なお氏は、これまで近松秋江などの私小説作家を対象とした論考を発表されている。明言こそされなかったものの、今回の発表を聴いて、一般的に離れたジャンルとして位置づけられるプロレタリア文学と私小説とが、「愚痴」という鍵語のもとに連絡していく可能性のあることに気づかされた。

・伊藤純氏「プロレタリア文化運動と三二年テーゼ――『昭和前期プロレタリア文化運動資料集成』から」

 大原社会問題研究所などに所蔵されている資料をデータ化し、現在『昭和前期プロレタリア文化運動資料集成』が作成されつつある。今回の報告はその作成に携わられている氏が、集成に収録予定の資料を批判的に検討されるものであった。中心的に取り上げられたのは、1933年築地小劇場にて行われた、日本プロレタリア作家同盟(ナルプ)の第六回大会中央委員会の報告である。報告は、たとえば資本主義の危機とソ連の素晴らしさの対比といった定型的表現に満ちているが、そのような表現は前年『赤旗』紙上に公表された三二年テーゼが源泉となっている。氏はそのことを指摘された上で、威勢のいい文章を発表していたそれら同盟が実際には機能を停止させていたこと、しかしながらプロレタリア文学者たちはその後重要な長篇作品を多く発表していったことを、貴司山治日記などを参照しつつ詳らかにされた。今回の考察を聴き、同集成の刊行によって、プロレタリア文化運動研究は飛躍的に前進することを確信した次第である。なお、質義の際には、三二年テーゼがどの程度二七年テーゼを意識していたのかといった質問や、テーゼが創作理論としては役に立たなかったのではという意見が寄せられた。

・内藤由直氏「安部公房「闖入者」と〈新〉植民地主義」

 アメリカ占領軍による民主主義の押し付けとして考察されてきた「闖入者」を、西川長夫言うところの〈新〉殖民地主義が現実化した昨今の状況の寓話として解釈する刺激的な議論であった。「闖入者」において住居を占拠する一家とKの対立を、単なる支配―被支配の関係ではなく、支配―被支配関係の内部において入れ子型に構造化されている搾取の構造(沖縄への基地の集中が正当化されている現状)だとしたところに、氏の卓見はあろう。なお、同時代言説という言葉が相当に流布しているように、近年の文学研究は、作品の射程を発表当時に限定することが暗黙のルールとなっているが、そのような動向に対する力強い批評を本発表から感じた。質義の際には、問題提起がもう少し作品本文に即したものであるべきだといった意見や、対象作品として戯曲形式の「友達」ではなく小説作品である「闖入者」を選んだ理由についての質問が寄せられた。私見としては、安部が高度に抽象的な方法を用いて作品を書いたこと自体に歴史性を看取できないのかという疑問は残ったが、しかしながら新たな解釈や資料の提示だけではなく、研究手法の刷新さえ予感させた本発表に対して、聴衆からは肯定的な意見の多かったことをここに記しておきたい。

・安藤陽平氏「安岡章太郎「月は東に」試論」

 同時代評や解説の類いは残されているものの、これまで詳細な分析の試みられてこなかった長篇『月は東に』を読み直す報告であった。氏はまず、安岡自身の自注や作品の冒頭場面において、通用している時間への疑念が提示されていることに着目された。その上で、李孝徳の国家的時間/個人的時間という概念を手がかりとして、日本という国民国家において共有される「戦後」という枠組から零れ落ちる個人的記憶の領域を開示する論証が行われ、この手続きは極めて説得的であった。ただ、時間概念の整理の際、現実/架空という対立項が援用されたが、両時間の対立は事実性によっているのではなく、むしろ仮構性によって基礎づけられている(想像されている時間/うまく想像しえない時間)ように思われるが、これは愚考かもしれない。また、質義の際に提出された、時間の要素が作中の空間的要素――日本とアメリカ――とどのように交錯するのかという意見は、重要な指摘であると感じた。なお、今回の発表が一部の作品に論考が偏っている安岡研究の現状に、新風を吹き込むものであったことは言うまでもない。

その後、懇親会場に席を移し、発表者を囲んでなごやかな歓談が交わされました。
(文責・藤原崇雅)
2015年9月19日(於・立命館大学)開催の第20回研究会の様子をご報告します(つづき)。

第2部 研究発表
・鳥木圭太氏「同化と異化の狭間で――佐多稲子「髪の嘆き」にみる植民地的主体の形成」

 これまで「抵抗」か「協力」かといった二項対立的な視点から論じられる傾向にあった佐多の戦時下作品について、大きな読み直しが必要なのではないかという問題提起的な議論であった。上司の日本人男性に対する「混血」女性のあからさまな尊敬の念には、佐多の皮肉が込められているとしながらも、それを時局批判として機能させることが目的だったのではなく、エスニシティとジェンダー、そして階級によって人間が重層的に絡め取られる植民地空間の暴力性こそが描き出されている作品であるという指摘は説得的であった。そこには佐多自身が体験しつつある「転向」とのアナロジーな関係があったのではないかという研究の展望部分については、プロレタリア文学運動の中で佐多が描いてきたテクストをふまえたさらなる分析が必要ではあるが、戦後70年を経てようやくテクストと冷静に向き合えるようになったことの意義は大きい。それは、私たちが植民地体験を失ったからではなく、その反対に、遍在する植民地的状況をリアルに感じられるようになってきたからだと思われる。プロレタリア文学とは何だったのかを問い直す上でも、戦時下の佐多作品の分析がますます重要であることに気づかされた。


和田崇氏「浅井花子の〈愛情の問題〉」

 1930年代の労働運動・プロレタリア文学運動の中で活躍しながら、戦後に忘れられた作家浅井花子についての基礎研究である。熊本出身、京都の撮影所で働いたあと1935年に作品を発表し始め、第一回芥川賞候補となった。のちに小樽に渡り、戦後も文学活動を続けたという。和田氏は浅井作品の特徴的な題材や描写について分析するとともに、当時のプロレタリア文学における「愛情の問題」の中でどのような位置を占めるのかを検討した。その結果、男性作家の主導で進められた論議に対して、きわめて重要な異議申し立てをおこなっていたこと、「忘れられた作家」となったこと自体が、そうした論議の一つの帰結とも考えられることなど、重要な指摘がなされた。労働運動にたずさわりながら紙芝居説明者として生活を維持する女性(一児の母)を主人公とする「泥濘の春」が、女性の説明者についてほとんど書いていない加太こうじ『紙芝居昭和史』に対する異議申し立てになっているようにも感じられた。戦後は、小樽で活動を続けたということであり、今あらためて地方における文化運動を掘り起こすことの重要性を再認識させられた。


伊藤純氏「プロレタリア文学運動をめぐる人物像──1930年代の写真画像から」

 かつて貴司山治が撮影した写真のガラス乾板が伊藤氏の自宅から大量に発見され、その中から小林多喜二虐殺後の通夜の写真などが見つかったというニュースが多喜二命日の2015年2月20日『朝日新聞』夕刊に掲載された。伊藤氏は『フェンスレス』第3号でそれらの写真の報告と検証をされているが、今回はその続報である。転向出獄直後と思われる中野重治などが写された新発見の写真が含まれていて、改めてカメラマニアだったという貴司山治の多才ぶりに驚く。四次元ポケットのように新たな資料が発見される伊藤氏宅の奥深さよ。抽象的な言い方になってしまうが、写真による記録が時間を超えるということ、人間の存在をふたたび生々しいものとして蘇らせるということに身の毛がよだつような感覚を覚えた。しかるべき方法でこれらの写真が全体として整理され公開されることを期待したい。


 その後、懇親会場に席を移し、なごやかな歓談が続きました。
(文責・村田)
2015年9月19日(於・立命館大学)開催の第20回研究会の様子をご報告します。


第1部 『フェンスレス』第3号合評会 

 論文・記事の執筆者から要旨をお話しいただいたあと、ゲスト・コメンテーターとしてお迎えした森下明彦さんと会員の岩本知恵さんからコメントをいただきました。

 森下さんは、「メディア・アーティスト/美術・音楽・パノラマ愛好家」というお立場から、主に映像作品を扱った記事についてのお話でした。とりわけ、映像の「物質性」と「一回性」を重視すべきであり、資料の現存様態や、どのような場所・状況でそれを見たかといった点をきちんと記録すべきであるという貴重なご指摘をいただきました。

 岩本さんは、特集論文3本を丁寧に要約したうえで、それぞれ論点を出して議論を喚起してくださいました。また、編集に関わった村田から特集テーマ「廃墟の空間論・帰郷の反美学」について若干の補足説明を行いました。

 その後、会場全体での討議がおこなわれました。

 Q:宮本百合子にとって「故郷」はどのようなものとしてイメージされていたのか?

 池田:『播州平野』には疎開先でも夫の実家でもどこかなじむことのできない主人公の姿が描かれている。そんな百合子にとっての故郷は、まだ到来しない社会主義的ユートピアだったのではないだろうか。

 Q:主人公のひろ子の視点が「庶民」と同一化するとあるが、作中には同一化しえない視点も描かれているのではないか。

 池田:むしろ、同一化しえない立場というのが前提にあり、いかにそれを乗り越えていくかという課題に答えようとして発見されたのが「被害者」という立場ではなかったか。

 Q:安部公房の「開拓村」を「責任」という観点から読むとどのような読み方ができるのか?

 坂:都市育ちである安部はどうしても農民を一面的に「弱者」としてしか捉えられていないため、彼等を責任ある主体とは描けなかったと考えられる。

 Q:稻垣足穂の場合、絵画表現との比較から文学にはどのような独自性が指摘できるのか?

 高木:足穂は小説家になる以前、画家志望だった。彼が小説家に転向したのは、より自由な造形力を文学に看取したからだ。たった一行でモチーフを描ける。たった一行で記憶をオーバーラップできる。広い意味で造形作品(足穂の言葉を借りれば「工芸品」)として制作されるところに、足穂文学の独自性がある。

 以上のほか、活発に議論が交わされ、予定の時間を大幅に超過してしまいました。この小さな研究会に気さくにおいでくださった森下さん本当にありがとうございました。
(文責・村田)