第28回 占領開拓期文化研究会 印象記(2018年3月25日:於同志社大学)

・奥村華子氏「語/騙られる炭鉱――井上光晴『虚構のクレーン』を中心に」

 長崎県崎戸炭鉱における朝鮮人労働者の差別問題。暗さとやりきれなさを描き出す本作に注目したことにまず価値ありだが、氏の報告が凡庸でなかったのは〈虚構〉という、可能性に満ちた領域への注目がなされた点にある。経歴詐称の疑いにさらされた作家・井上光晴の書きものを、実証主義的な真偽において裁くのでなはく、既存の真理性それ自体を問い直す新たなニセ=「語/騙」りとして定位する試みは、方法論として革新的だ。
 匂いをはじめとした労働者たちの身体的特徴が、異民族をヒエラルキー下層へと差異化する日本人の欲望をかりたてる過程も、本文より確認された。それを、悔恨共同体を基盤として安易に盛り上がりつつあったナショナリティに対する、戦中世代の批評として取り出した手つきに、鮮やかさがあった。炭鉱表象を継続的に研究されまた最近、在日朝鮮人による文学にも関心を広げておられる氏でなくては、成し得ない内容だったことは間違いない。
 作家情報についての詳細、方法論と作品内容のさらなる連絡、〈虚構〉として読む手がかりとなる引用箇所など、見取図を具体化せんとする方向の質問が、多くでた。個人的に頷いたのは、大西巨人と光晴の営為が似ているという指摘である。戦後において過去を振り返るなかで、実際の経験を超えた要素を混じえつつ、記憶や物語が構成されていくこと。ポスト真実という鍵語や、フェイクニュースの流行など、改めて真理性が問題にされる今日、新たなる〈虚構〉の領域の析出は、文学研究者が状況にコミットしていく確かな経路だと納得した。

・井上大佑氏「ゲストからキャストへ――筒井康隆「ベトナム観光公社」論」

 氏が積極的に言及されていたわけではないが、物語やその消費といった言葉が一時、批評を盛り上げたことを記憶される方も多いだろう。作家が読んだテレビ論を踏まえ、ベトナム戦争報道一連の言説を射程とした作品のアクチュアリティが析出された本発表は、実体的でないものが消費の欲望をあおりたてる、今日的な枠組がすでに六〇年代には高度な達成をみせていたことの証言としてあったように思う。筒井作品の系譜を熟知する氏らしく、消費の枠組からの逃走可能性をめぐって、後続の作品との書きわけが示されていた点も十分な作業量を感じさせた。
 ダニエル・J・ブーアスティン。氏はまず彼の社会学中の〈擬似イベント〉なる用語を丹念に読み込み、流行の新婚旅行先や人とは異なった〈面白さ〉を求める人物たちの興味のもちかたを、その影響下にある形象として定位された。丁寧な突合せ作業自体が先行論では看過されてきたようであり、僭越ながら発表者の真摯な姿勢を好もしく感じた。質疑に対する実直な氏の応答を通じて、そのような印象はさらに強まった。
 多様な角度からの質問があったが多くは、筒井の準備した枠組のなかで作品論を展開することが、作品を安易に消費してしまう姿勢に繋がってしまうことを危険視したものであった。先行論との異ならせ方に意識的であったし、報告の新規性が十分にあることはもちろんだが、そのうえで別の枠組からの見直しや、同時代の社会学者を超えていく指摘を期待する声が出た。南ベトナム大隊戦記をはじめとする言説の分析や、物語性を超える視覚的な刺激への欲望といった要素は、限られた時間のなかで捨象されていたとも思われたので、その盛り込みによって、論がさらに揺るぎないものになると確信した。

・伊藤純氏「"プロ運動資料集を読む会"のご紹介――山田清三郎アンケートを読む会第一回経過報告」

 今野賢三、加藤由蔵、中野正人、吉田金重、山川亮………。今となっては忘れられた、初期プロレタリア文学の担い手たち。運動史家・文学史家として著名な山田清三郎が1929年に実施したものの、公にされてこなかったアンケートが翻刻・紹介・分析された。『種蒔く人』や『新興文学』など雑誌を拠点として、ロシア10月革命に共振しつつ広がった〈大正労働文学〉、その書き手らが回答者である。その前年に蔵原惟人「プロレタリア・レアリズムへの道」が公にされ、主流は見えやすくなっていった。いまだ十分に明らかにされているとはいい難い前史の解明に、寄与する報告であった。
 昨年、丸善雄松堂より『昭和戦前期プロレタリア文化運動資料集』が刊行されたことは、本ブログでも以前に紹介しているが、アンケートはこの著作が編まれる過程で報告者の眼にとまったものである。1929年の実施と明記されているが、戦後に加筆された傍線の加筆もあることから、どう生成していったのか謎も多い。しかし「生地」「生年月日」といった基礎情報に加え、「略歴」「プロ文に入ってきた動機」「主な作品」がそれぞれの作家自身によって記されていることは、事実確認的な価値を軽く超えて、運動が歴史化されつつあったまさにそのとき、文学者たちが自らをどうそこに繰り入れようとしていた/していなかったかを明らかにする。スクリーンを使っての紹介もあったので、生資料ならではの雰囲気も存分に味わえた。たとえば、秋田雨雀の筆致は想像以上に神経質だ。
 『戦旗』/『文芸戦線』とそれ以前との世代間の確執や、清三郎がアンケートをとった理由など資料の基礎情報をめぐって、意見が交換された。一点ものの資料の扱い方に加え、その読み方の理想形が示された、興奮必須の報告であった。ただし、年度末ということもあってか、報告の内容に興味を持つであろうメンバーでやむなく出席できなかったものがいたのではなかろうか。なんらかのかたちで活字化され、資料として利用できるようになることを強く祈る。

・発表の終了後、会の今後についての報告がなされた。懇親会では議論の続きや、文学をめぐってのなごやかな歓談が交わされた。

                                                                     (文責:藤原崇雅)
第27回占領開拓期文化研究会印象記(2018年1月21日 於立命館大学)

ヴレタ・ダニエル氏 武田麟太郎「ある除夜」について

 ダニエル氏は、井原西鶴から影響を受けていた武田麟太郎に注目し、武田が西鶴を摂取した最初の作品である「ある除夜」の考察を行った。発表では、年譜や武田の記述を基に、彼が「大阪人」としてのアイデンティティとリアリズムの観点から西鶴を評価し著作に摂取した足取りを辿り、また武田が表現の自由を求め風俗作家に転向したことが示された。その上で、「ある除夜」について、西鶴「平太郎殿」との共通点と武田が焦点を当てた場面、作中に登場する労働者の「ヒソヒソ」と行われる運動の相談の描写、そして旧来の風景を圧迫するかのように進出する大資本に対する武田の批判意識が指摘された。
 発表の総括において、ダニエル氏が提示したプロレタリアを書くために「西鶴的に書く」ことに代表される武田の試みについては、個人的にも興味深かった。質疑でもあったが、作品で描写された近代的な空間の合間にある旧来の光景とのコントラスト、そして武田における「大阪人」というアイデンティティの問題など、今後のさらなる考察を聞きたいと思った。

藤原崇雅氏 武田泰淳『中国忍者伝 十三妹』における白話小説の受容

 藤原氏は、中国文学者としての経歴を持つ武田泰淳が、白話小説の大衆化を企図し執筆されたと推定される『中国忍者伝 十三妹』を取り上げた。そして、先行論が作品の主題に迫りきれていなかったことを踏まえ、典拠となった白話小説との差異、作品が表出した問題について考察を行った。考察では、泰淳が底本とした刊本の特定と作中で登場する人物の出典が示された。また、社会的な不正を英雄が正すといったメインプロットに、泰淳が『三侠五義』における韓少年の挿話を十三妹が話す〈ややこしい話〉として接合したことについて、女性に対する暴力によって清朝の腐敗を強調する物語が形成されたことが指摘された。その上で、十三妹が清朝における男女の不均等な関係に対する抵抗の記号として民衆に流通していることを示し、泰淳が十三妹の語らなさから一般の女性にならんとする女性を烈婦として主体化する暴力を記述したことが示された。
 藤原氏の発表の主軸に置かれていた女性に対する抑圧、暴力、そして女性を烈婦として主体化することの問題は重要な指摘であると思う。男性社会に対峙する女性に対する期待、そして消費が、1960年代において中国における烈婦、日本におけるくノ一といったキャラクターに担わされていたことについては、個人的にも考えたい問題であり興味深く聞いていた。


轟原麻美氏 〈明治百年〉における小説と歴史学―司馬遼太郎『坂の上の雲』論

 轟原氏は、歴史学を中心に論じられてきた司馬遼太郎『坂の上の雲』の文学性の検討を行い、作中における「天佑」といった言葉と主人公である秋山真之の関係について考察を行った。考察では、まず一九六七年の明治百年の祝賀とこれに対する歴史学者からの批判を踏まえつつ、作品が明治百年に併せて発表されたこと、2009年に作品がドラマ化された際に歴史学者から批判が相次いで発表されたことが示された。その上で、歴史的事象を書いていないことの問題、そして文学として解釈を行う必要性が提起された。その上で、作中において繰り返される「運」そして「天佑」に着目し、戦果を「天佑」と捉えることが歴史学の範疇を超えたものであり、かつ秋山真之に関連したものであるとした。そして秋山の伝記を援用しつつ、「天佑」といった非・歴史科学的な事象の描出によって文学の観点から戦争と一個人の関係が描かれていることが明らかにされた。
 「司馬史観」に代表されるような歴史学からの評価の合間から、文学として『坂の上の雲』を評価しようとした考察は、大変興味深いものであった。折しも明治百五十年を寿ごうとする昨今において、明治百年の祝賀に対する作品の位置を探る試みは意義深いものであると感じた。

 3氏の発表後研究会総会が行われ、事業報告の後に研究会の今後の活動についての提案が行われた。

(文責:栗山雄佑)
第26回占領開拓文化研究会印象記(2017年8月27日 於同志社大学)

坂崎恭平「永井荷風『冷笑』論――プレテクストの検討を手がかりとして――」

 坂崎氏は永井荷風『冷笑』に引用されている諸作品から丹念に作品の位置を再度設定していく発表だった。『冷笑』にはモーパッサン「蝿」、瀧亭鯉丈『花暦八笑人』が枠として設定されており、仲間たちと世俗を離れて遊楽するという物語の構造が自己言及されている。しかし、『冷笑』においては、八人の仲間は集まらず、その構造が宙吊りにされ、その失敗こそが滑稽味のある成功であるという逆説が呈示されていると坂崎氏は言う。また、『冷笑』にはモリス・バレス、ピエール・ロティなどが引用されており、恋愛を描いたものよりはそれより深い、民族心の自覚につながる風景や人物に対する感動が重要視されていると言う。ここには当時のグスタフ・フレンセンに代表されるポスト自然主義としての郷土芸術の側面があり、作中の江戸趣味は地方色や宗教色を脱色した郷土芸術に可能性を見出したものだったと論じる。『冷笑』は荷風の『ふらんす物語』、『あめりか物語』などに比較して酷評を受けたが、これまでのハイカラ趣味の荷風から、西洋のポスト自然主義文学の理論によって自然主義文壇のヘゲモニーに決別を表したものだったのではないかと最終的に論じられた。
 地方色については、田山花袋や『文章世界』の投稿者などの自然主義としてのイメージが強かったが、むしろ丹念に西洋文壇の当時の様相を追っていくとポスト自然主義芸術の流れであるとする発表は清新だった。また、強固な都市的ハビトゥスの重層化によって洗練された江戸文化を荷風が芸術理論にまで高めるために、どのような論法を駆使していたのか、興味深く聞いた。

伊藤純「「物語」と「読者」を繋ぐものについての考察 中野重治「春さきの風」、小林多喜二「テガミ」、村上春樹「蛍」から」

 伊藤氏は現代においても「春さきの風」への言及が少なくないと述べ、大江健三郎の反原発の演説、『沖縄タイムス』の社説などで「わたしらは屈辱のなかに生きています」という言葉が引用されていることに注目する。結論として労働運動の弾圧というものを「春さきの風」は描きながらも、乳児を放置する母親という描き方には、当時プロレタリア文学全体の中にあったジェンダー不均衡と男性中心からのものの見方が内在化されており、演説などで引用される場合には、このような部分はそぎ落とされているのではないかと論じている。
 小林多喜二「テガミ」については、当時の壁小説という目新しいメディア性に注目が集まったことにふれ、しかし同時に「テガミ」に描かれた絶対的窮乏というものは読者に訴えかける力をもう持っていないのではないかと論じる。また、壁小説というものも『中央公論』などのメディアに載せられた場合のみ残っているのであり、その実在の確認については研究不足ではないかと述べられている。
 村上春樹「蛍」に関しては、『ノルウェイの森』の簡易版であり、短編であるだけてっとり早く、切ない恋物語の抒情にひたることができる小説であると総論している。その上で、「蛍」のヒロインの「彼女」は非定型うつ病の典型として描かれており、大人の社会に適応できない未熟さを悲しい恋を盛り上げるために設定されていると論じる。我々が哺乳動物である限り、ネオテニー的な造形の適応戦略に惹かれざるを得ず、そのために村上春樹は広い読者を得たと最終的に結論している。
 質問では『ノルウェイの森』は同時代的にはそもそも内容は読まれておらず、恋人同士のプレゼントとしてベストセラーになったとの指摘がなされた。個人的にも現代に流通する物語はどのようなものが効力を持ち得るのか興味深く聞いた。

中井祐希「横光利一「厨房日記」論」

 中井氏の発表は、横光利一「厨房日記」を「日本的なもの」ではなく、もっと細かな「民族」、「知性」、「知識人」、「論理」などのキーワードから読み解いていこうと言う試みであった。作中の梶は西洋旅行でツァラなどの知識人と出会っており、彼らがマルクス主義的なものに共感を示すのに対し、日本語の怒声が犬の鳴き声を止めたことを面白がる。梶は超現実ではなく、思想が現実生活に根を下ろさないと意味がないと考えているのではないか、と中井氏は論じている。
 梶は西洋文明の戦中の混迷を知っており、それ故に「今ここにないもの」としての西洋近代化の目標がわからなくなっている。梶を「今・ここ」に立ち返らせるのは、芳江の触れた肌であった。日本人の肉体には日本人特有の知性もまた存在しているのであり、そこに立脚することを梶は求めている。「頭」(思想・認識)と「足」(生活・身体感覚)は連動しなければならないと梶は考えており、中井氏はそれによって知識人の苦悶を解決しようとしているのだと最終的に論じている。
質問者からは、この当時の「故郷喪失」と「日本的なもの」の回復は、スターリニズムの裏返しであり、転向者が打ち立てていった理論ではないか、という声も聞かれた。1930年代の文学、思想を概括するものとして、横光へのマルクス主義への影響なども活発に議論され、これからの研究が大変期待されると考える。

加藤大生「<パン・フォーカス>の歴史認識――花田清輝「画人伝」論」

 加藤氏は、花田清輝「画人伝」に描かれた忠阿弥という虚構の作家の画論の体裁をとって提出される花田の歴史認識の内実を検討した。花田は忠阿弥を武家出身の画家と仮構しており、殺気の漂う画風から突然の発心の瞬間を描いたと論じる。そして、花田は将軍足利義教の暴君説への否定のために忠阿弥の画論を使っていく。加藤氏はそこには「殺すもののセンスを清算して、生かすもののセンスをわがものに」していく非暴力主義の伝統の追求があったと論じる。
 花田は農民一揆を生産の放棄と捉えており、ストライキになぞらえ、非暴力的な積極行動として、暴力論を援用しながら、平和主義の立場をとる。このような花田の立場には、戦後歴史学において、「個人の日常生活史」に焦点を当てた『人物叢書』シリーズが影響していたと加藤氏は指摘する。最後に花田はパン・フォーカスの視点を歴史認識として主張するのであるが、加藤氏はそこに観客の参加を促すより能動的なアヴァンギャルド芸術の視覚を論じていた。
 質問者からは、歴史学としての大衆史にどれだけ花田が漸近していたのかという質問や、モンタージュなどの他の映像理論においても観客の参加を促すものであったのではないかという質問が出、活発な議論がなされた。花田の理論は前衛の理論にも共鳴しており、それの読解はこれからの研究が期待されると考える。

(文責・広島大学大学院文学研究科D3萬田慶太)

第25回 占領開拓期文化研究会(2017年3月25日:於ウィングス京都)・印象記


八原瑠里氏「横光利一「頭ならびに腹」論」

 八原氏は、作品の舞台である「特別急行列車」の位相を、時刻表や料金表、停車駅についての同時代資料によって実証的に再現することで、それが「時間」「金銭」「人気」を問題化する装置として作中で機能していることを明らかにした。速度・運賃・群集心理に頓着しない「子僧」が結果的に受けとる「得」は、「特別急行列車」の記述に散りばめられた情報によって「目算」可能なのだという。
 そのようなテクスト構造を明らかにした点が、まずは八原氏の功績だと感じた。テクストの細部を接続し損得を「目算」するのは読者だとしても、そのように賦活されるべき細部を(たとえば駅名をイニシャルへと匿名化するなどして)あらかじめテクストに埋め込んだところに、「頭ならびに腹」の批評性がありうるとも思った。とすれば、その宛先はどこにあるのか。たとえばそれは、質疑でフロアから投げかけられたようなプロレタリア文学との接点にあるのかもしれない。


秋吉大輔氏「『高3コース』『高1コース』における詩行為──寺山修司の「文芸」欄」」

 秋吉氏は、寺山修司が受験雑誌で担当した文芸欄が、『凶区』に代表される同時代詩壇への批評的な「場」として機能していたことを明らかにした。寺山が「構成」するその「場」には、「書きたいことを書く」という投稿者の私的な欲望にもとづいた「行為としての詩」(詩行為)が交錯している。あるいは擦れ違い、衝突している。その多声的な雑踏が、主体を非人称化する戦後詩の共同体的空間を相対化していたのだという。
 のちに『ハイティーン詩集』や天井桟敷の「書を捨てよ、町へ出よう」へと展開していくこの寺山の文芸欄の批評性を原理的に導出したクリアな発表だと感じた。個人的にも強い刺激を受けた。聴いているあいだ、ミシェル・ド・セルトーの言葉が響いていた。「歩く行為(アクト・ド・マルシエ)の都市システムにたいする関係は、発話行為(speech act)が(ママ)言語(ラング)や言い終えられた発語にたいする関係にひとしい」(『日常的実践のポイエティーク』)。セルトーの言う「足どりの話し声」を、誌上で「場」として「構成」(寺山)することの可能性と限界を考えさせられた。


藤原崇雅氏「武田泰淳『風媒花』論──J-P・サルトル『自由への道』の影響をめぐって──」

 藤原氏は、武田泰淳『風媒花』のサルトルからの影響を掘り下げた。従来、『風媒花』の非統一的な作品構成は、サルトルの「神の視点(観点)の過誤」理論からの影響が指摘されてきた。しかし藤原氏によれば、同時代においてはサルトルの『自由への道』から影響を受けたものとしても読まれていたという。その具体相を藤原氏は、ジュネットの理論を援用しつつ本文の比較を通して検証した。
 物語内容と物語言説の進行の等速性。また、そのリアルスピードの個人的時間を多視点的に並走させる複数性。『風媒花』と『自由への道』に共通するこうした特性を、膨大な本文引用をもとに闡明し、かつその等速性や複数性が、個人を単線へと回収する同時代のイデオロギーに批評性を持ちえたことを明らかにした。そこに、藤原論の手堅さと鋭さがあると感じた。質疑では、そもそも『風媒花』執筆時点で泰淳自身がどの程度までサルトルの『自由への道』を意識していたかを問う声もあった。


泉谷瞬氏「皆川博子「トマト・ゲーム」論」

 泉谷氏は、皆川博子「トマト・ゲーム」を精緻に読解することで、同時代の規範的なジェンダーやセクシュアリティ、権力構造への射程を明らかにした。第二次世界大戦後の占領期における米軍基地内という舞台設定や、その内部の多層的な人間関係は、占領者/被占領者、米軍/日本人、男性/女性、強者/弱者、加害者/被害者といった単純な二項対立をことごとく転覆させ、それらを複数の可能性へと引き戻しているのだという。
 泉谷論のアクチュアリティは、やはりジェンダーやセクシュアリティの問題系に戦後の日米関係を輻輳させて論じた点にあると感じた。作中で先に語られた、現在時間における梨枝を中心とした男性同士のホモソーシャルな関係性。そこに、米軍との権力関係が重なり、極端に複雑化・歪曲化されたかたちで、過去の米軍基地内の人間関係が描かれている。──そうしたテクスト構造がそのまま、従来論じられてきたホモソーシャルの図式をアップデートしようとする泉谷氏の立場と重なるところに、この発表の現在性を感じた。

(執筆:高木彬)

2016年12月27日、立命館大学において、第24回研究会が開催されました。
今回は2件の研究発表と、1件の合評会が行われました。
以下にその様子をご報告致します。

【研究発表1】
 小玉健志郎「田沢稲舟「唯我独尊」論」

 小玉氏は、これまでの研究でプラトニックな愛の成就が描かれていると読まれてきた本作に対して、紫子・伯爵・柳田といった作中人物のそれぞれが担う価値観を当時の恋愛論の中に置きなおしてみた際、従来とは違った読み方とは違って近代的恋愛観の問題を指摘したものとして読むことが可能になるのではないか、という問題提起を行った。 

 質疑では、作品内容の解釈についての妥当性や、そもそもこの作品は近代的恋愛観を問題としているのだろうかという疑問、バーバラ・スタフォード『ボディ・クリティシズム』をあげながら、女性の隠された内面を暴くという物語の内容が、まさに文字通り手術によって女性身体を切り開らくことによって取り出されようとすることに注目した指摘などがあった。

 小玉氏は、構想としてはこの作品と泉鏡花「外科室」との対比を考えていたが、今回の発表ではそこまで手が回らなかったということである。発表の中でも「外科室」の読みを前提としていると思われるものもあり、そこがやや発表者の意図を分かりにくくしている点もあったかと思われるので、今後の展開に期待したい。

【研究発表2】
 坂堅太「戦後アヴァンギャルドのみた大衆社会 ―「記録芸術の会」の〈大衆〉観について―」

 坂氏は、〈運動体〉としては低調であったと評価されることの多い「記録芸術の会」について、運動として成功したかどうかという観点からではなく、彼等がどのような状況認識に立ち、何を目指していたのかを考えたい、という目的をもって発表された。

 会が活動していた時期は週刊誌の創刊やテレビ放送の本格化など、マスメディアが社会をおおいつくそうとしていた時期であり、「記録芸術の会」はそうしたメディア状況の転換に極めて意識的であり、なおかつそうした状況を積極的に評価していた点を指摘された。だが会が解散した後にはメンバーの一人佐々木基一が深い失望を語っている。こうした転換の意味を考えていきたいということだった。

 質疑としては安部公房のモダンマルクス主義者の側面を指摘する声や、機械や技術を肯定的に評価し積極的に取り入れていったという点で戦前の新感覚派のスタンスとの相違を問うものなどがあった。

【合評会】
 坂堅太著『安部公房と「日本」植民地/占領経験とナショナリズム』
 (聞き手)岩本知恵、内藤由直 (著者)坂堅太

 ここではコメンテーターの指摘や著者の応答、会場からの質疑を中心にまとめることとする。まず本書に対して、60年代以降の安部公房にもとづくと見えにくかった50年代の安部のナショナリズムの問題に明快な見取り図を描いたものとしてその価値が強調された。その上でこの安部の「新しいナショナリズム」をめぐって多くの議論が交わされた。

 まず著者は60年以降のナショナリズム批判に転じたあとも、「新しいナショナリズム」を主張していたときと求めるものは基本的に変わっていないのではないか、としていたが、それは果して「ナショナリズム」と言えるのだろうかという語の選択の問題や、ナショナリズムに区別はありえるのか、安部の姿勢はそうであったとして、論者はそれをどのように評価しているのか、本書はあくまで50年代に留まって論じているが、これはその後の活動をどのように読みかえることにつながっていくのか、といった指摘があった。

 他にもなぜ安部は共産党に入党するとき所感派(主流派)を選んだのか、という問いに、明確にこうだと答えるのは難しいが、あの当時ナショナリズムの問題に取り組むなら主流派という選択しかなかっただろうという考えが示された。それほどまでにナショナリズムの問題が当時の安部公房にとって大きなものであったということであろう。

 この他にもこれまで戦前のプロレタリア文学研究に集中していた〈政治と文学〉の問題に新たな光を当て、安部公房の方法がこの問題を考えるうえで有効な視座を与えてくれる点を明らかにしたことなど、ナショナリズム以外の論点も多数提出されていたことを申し添えておきたい。


 また、遠方より金野文彦氏がお越しになり、様々なご指摘をいただいたことで議論がいつも以上に活発なものとなった。金野さん、ご参加いただきありがとうございました。

                                                 (文責 池田啓悟)